言葉を探せば急に良くなると思いがちだったり、渦中にいると自分の状態がよくわからないこと

ここ2年くらい常に自分の考え方が間違っている気がしたり、居場所が無い気がして

「何とか変わらなければ」的な考えの元に自己啓発の本をよく読んでいた。

 

その中で「自分のことを認める」とか「俯瞰して見る」とか「白黒思考しない」とか「善悪で判断しない」とかという言葉がしょっちゅう出てくるのだけれど全然どういうことなのかわからなかった。今になって思えば書かれていた事は自分の状態を指している内容が多かったと思うけど、書かれている言葉が抽象的すぎて、具体例が無くてよくわからなかった。自分に当てはめて考える事ができなかった。 

頭が混乱している渦中にいると全然自分の事がわからなくなる。自分の考えていることに自信が持てなくなる。やることなすこと全部「自分にとって良いこと」なのかを考え始めるようになる。それをすることで苦しい状態から抜け出す方向に進めるのかどうかを常に考える。自分が考えている事が正しいのか良いことなのか判断をつけようとしているが、何が正しくて良いことなのかわからないので考える事も困難になってくる。ありとあらゆることを考える度にどう考えれば苦しまなくて良いかお手本を誰か示して欲しいと思っていた。

そのうちに「○○する」「心理」とかで調べ始めていて自分の考え方をgoogleに依存し始めた。たぶん「この言葉に出会って気づきを得てそれから心が楽になった」みたいな話をどこかで見たせいでGoogleが何か救いになるようなサイトを提示してくれて、それを読めば即助けになると思っていたんだけれど逆に調べた内容が自分の考え方や感じ方をガチガチに固めて、点検するようになってしまった。

今だからわかる事だけれども、このやり方は自分の事を認めようとする時にとても邪魔になる。冒頭でも書いたように、「自分の事を認める」という事がどういう事なのかわからなかった。例えば「日記を書いている、思った事を書いている」という事を自分で認めるということは「私は日記を書いたり思った事をよく書く」と認識することだ。それなのに「日記を書いている、思った事を書いている」という事に対して良いか悪いか判断を付け、それが自分に取って良いことなのか悪いことなのかの判断が優先される。「日記を書いているだけ」なのに、それ以上のことを考えずにはいられない。これを考えてしまうから苦しいということが理解できていなかった。今の考え方の状態から抜け出したいから考えているのに、その考え方のせいで余計に苦しくなっている。「日記を書く」という事は「日記を書く」という以外の意味などない。

他に「自分のことを認める」が「考えすぎ」になっていた具体例を並べていくと

 

例1「前の席に座っている奴むかつくなあ・・・」

認める私は前の席に座っている人の事が嫌い

考え過ぎ嫌ってしまうのは良くない、もしかして私が悪いのかもしれない

 

例2「Twitterで色々な人に嫌われてそう・・・」

認める 私はTwitterで色々な人に嫌われると思いがち

考え過ぎ Twitterに向いていないんじゃないか、そもそもTwitterをしていることは良くないんじゃないか

 

例3「山に行きたいけれど親に心配をかけてしまうなあ・・・」

認める やりたいことがあるけれど親に心配かけてしまう事が気になっている

考え過ぎ その程度で行くことを悩むなんて本当にやりたい事なのか?

 

例4「勉強面倒くさいな・・・」

認める 勉強が面倒くさいと思っている

考え過ぎ 勉強が面倒くさいと思うなんてやっぱり私がなまけものだからだ

 

こうやって書いていくと世の中には考えないといけないことはそりゃたくさんあるんだけど、考えなくても良いこともたくさんある事がわからなかった。「考えなくてもいいこと」を「考えなければならない」と思いこんでいる事がたくさんあった。

要は俯瞰視点で自分を見れれば良いんだろうけど、これがなかなかできなかった。よく言う『自分が何かネガティブなことを考えた後に「~と思った」とつければ気持ちが落ち着く』という方法も自分を俯瞰して見るためのやり方だけど、これをただ単にやっただけだと全然わからない。

幸いにも今、辛かった環境から徐々に離れることができて状況が落ち着いてきたおかげで「考えなくてもいい事は考えなくてもいいんだ」とか「他人に対して感じている不信感は全く見当違いかもしれない」という考え方ができるようになってきて楽にはなってきている。

ただこの考え方にある日突然なったわけではなくて、今すぐ楽になりたかったり救われたくて読んだ本や聞いた話に、今すぐ楽になれなかった事に失望しながらも頭のどこかで覚えていて、そういう事を続けているうちに「ああ、あの時のあの話はこの事か」と徐々にわかってきた感じだった。だから速攻の効き目を期待してやった事は全くの損ではなかった。

『「自分を認める」ができると感情を出すことができるようになってくる』

『「自分を認める」ができると自分が好きなことがわかるようになってくる』

『「自分を認める」ができると自分に自信が出て来る』

といろいろな本にそれっぽい事が書いてあるんだけれど、一体どうしたらそれができるようになるのかが苦しんでいる間ずっとわからなくて、色んな言葉や本や考え方に対して「明日起きたらシャキーンと心の状態が良くなっていて別人のように振る舞えるかもしれない」なんていう期待をしているとどんどん辛くなるし、ジワジワ~っと効いてくるもんだし、今わからなくても先々わかるようになるかもしれないから、今どうしても考える事がやめられないのなら、無理にやめず絶望せずに自分と対話することを続ける方が良いよっていう事を書きました。

 

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