同人小説を書くことについて

冬コミを明日に控え、ツイッターのTLでは東京へ向けて出発する地方組の報告やコピー本の進捗状況をチラチラ見かける。今頃ビッグサイトでは設営部の机並べが佳境を迎えている頃だと思う。
コミケ他イベントに最後に参加してからもう一年近くが過ぎようとしている。私は今、自分の考えを書くことのほうが楽しく、二次創作の小説はしばらく書いていないのだけど、同人小説のオフ活動を始めるときに私は何もわからず、二次創作の小説の作り方・経験を書いてあるたくさんのサイトにお世話になった。他の誰かが二次創作を書きたいと思ったときに役にたてたら良いなと思い、約三年続けた同人小説の経験について書き残しておこうと思う。

同人小説を「いきなり書けるのか」と聞かれれば、書けるわけがないと答える。
「適当に書いて書けちゃったんスよね」風ポーズを装いたかった私は、同人活動をしている間、気を許している一部の人間以外に絶対に努力をしたり苦しんでいる姿を見せたくなかった。「適当に書いて書けちゃったんスよね」を装っている奴を見ると今でも「そんなわけあるか」と心の中でキレている。

文章の書き方はそれこそ小学校1年生の国語の時間から始まるわけで、義務教育を受けた人間なら誰しも「文章」は書けるのだけど、人に見せる文章の書き方をほとんどの人は知らない。二次創作の小説を書き始めるにあたり、他人のキャラクターを使って本を作り、それを他人に売る以上、文章を書くための最低ラインを越える必要があると思った。小学生レベルの文法を確認したあと、私はまんだらけへ行き、ちょっと名の知れた小説同人作家の作品と商業BL作家の単行本を何冊か買ってきた。同人作家の方は毎回A5・二段組・100P前後の話の本で、商業BLは大体A6版で300Pくらいの本を狙って買った。文字数にしてそれぞれ10万文字から17万文字程度になる。その質量を埋めるには一体どの程度の時間の流れをどの粒度で描写すればよいのかを知りたかったのだ。
まずそれを知るために、全編を通しで読んだあとパラグラフごとに鉛筆でしるしを入れて文章を全て分けた。それぞれのパラグラフで何が起こっているのかを書き出して、パラグラフの文字数を数えた。それで何の描写に何文字を費やしているか全体のバランスとリズムを見た。例えば、商業BLの場合大体最初のパラグラフの1500文字あたりまでで登場人物の名前や性格、どんな生活をしているのか等がわかる構成になっている。これはほとんどの作品がそう。でも「Aは明るい性格で・・・」のような書き方はしない。作中で起こる出来事を通して、その出来事に対しての反応でAの性格がわかるような書き方をする。等。まずはできあがっている作品から逆にプロットを起こすこの作業で、長編を書く感覚を掴む練習をした。
あとは、小説からエッセイまで家にある本の冒頭1000文字くらいを模写しまくった。これはノートにペンで書いているときもあったし、ポメラiphoneに書き写すときもあった。割合は半々くらい。私はプロットまでは手書き、清書はポメラiphoneなので、模写もポメラiphoneでした方が実作業の感覚に近く、擬似的に原稿をしている時の雰囲気も掴める感じがした。どんな文章でも本当に書き出しが大切で、冒頭がつまらなければ大体はその後に続く文章は読んでもらえない。何故そんな事がわかるのかといえば、自分の経験上冒頭がつまらない文章は読み飛ばしてしまうからだ。自分がそんな感じなのに、他人が「このあと面白くなるかもしれない」と思って読んでくれるとは思えない。それゆえ文章の書き出しというのはものすごく難しい。だから他人の技を盗むために冒頭を模写しまくった。
いろいろなアマ・プロの文章をバラしまくって、模写しまくった結果わかったのは面白い小説というのは7割が起こる出来事をひねり出す力で、その力があればよほど滅茶苦茶でない限り多少の文法の乱れは許される。残りの3割が文章の技巧で、「その事を表すにはそうとしか言いようの無いピタリとくる言葉」でもって考えた話を表現できることだと思う。この3割が本当に難しく、ともすれば過度に修飾された文章に陥りやすくなるところを、文章がうまい人間というのはそれを一言で書いてのけたりする。この力の伸ばし方については、私はまだこれといった答えを持てていない。ただ語彙と表現が貧しいと出てくるものも出てこないので、巧い他人の文章を読んでインプットすることが重要かなとぼんやり考えている。0からはたいていの物は生まれない。
また文章を書くために読んだ本で良かったのは『アウトラインから書く小説再入門』と『小説道場』だった。『アウトラインから書く小説再入門』は、話を作りこんでいくにはどうしたら良いかが具体的な手法でもって書かれている。かなりお世話になったし、この本に書いてあった手法に沿って私は話作りを進めていた。『小説道場』は故・栗本薫先生の別名義中島梓の著作で、今は絶版になっていて中古でしか購入できないが、雑誌JUNEに投稿されてきた小説を栗本薫が添削するという企画をまとめた本で全4巻。こっちはどちらかというと、表現について細かく指導が入っている感じで、少し古い本なのだけれどBLの文法というものがあるということを学ぶのにはうってつけだった。一応Amazonのリンクを貼っておく。

アウトラインから書く小説再入門 なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか? | K.M. ワイランド, シカ・マッケンジー | 本 | Amazon.co.jp

新版 小説道場〈1〉 | 中島 梓 | 本 | Amazon.co.jp

二次小説のオフ同人で書き方の次にぶち当たる壁といえば、表紙問題である。私は幸いにも自分が好きな漫画書きの方が私の小説を読んで下さっていたので、その方たちに何度か小説の表紙絵をお願いした。予め最初から最後までの話の流れをA4一枚程度で収まるように書いて渡し、それで描いてもらっていた。面白かったのは途中、ラフを見せていただいたときに自分の書いている話の印象が変わることがあって、話を絵に合わせて行くというか、共同作業(?)のような感じになるのがとても楽しかった。
とはいえ漫画描きの方もだいたい毎回同じイベントに出るわけで、毎回お願いするわけにもいかず、表紙を絵にしないときは極力シンプルな表紙にすることを心掛けた。初めのほうこそよくある素材集などを使っていたけれど、その選択にもいまいち自信が無く、表紙がダサいという先入観でページをめくられるくらいならいっそ表紙なんか無いほうがいいという考えに至り、私の本を見たことがある方は知っていると思うが、表紙は黒の一色刷りにフォントだけのシンプルなものになっていった。

印刷所についても少し話しておきたい。市販されている小説を見て気づいておられる方がほとんどだと思うが、本文が真っ白な紙を使っている小説は少ない。なので、本文は美弾紙のクリームを使っていた。最初はクリームキンマリを使っていたのだけれど、ちょっと紙が薄すぎて心細い感じになったので、もう少し厚さのある美弾紙を使うようになった。また、私は風呂にはいって本を読むことが多くて同人誌も風呂でよく読むんだけれど、湿気の多い風呂ではPPを貼ってない表紙はヨレヨレになってしまう。だからPPは必ずかけるようにしていて、小説同人誌は漫画に比べて手で触れている時間が長いので、これも考慮してPPをかけている。
でも前述した通り、私の表紙は単色刷り表紙でなかなかオンデマンド単色刷りの表紙にPPをかけてくれる印刷所というのは無い(オフセットでもあまり無い)。探した結果BRO'Sのフルカラーのオンデマンドが一番安くてPPを貼れて、しかも本文に美弾紙が使える。またBRO'Sの製本はかなりカッチリしているので、100Pを越えてきても表紙が浮いたりすることが無い。というわけで、BRO’Sにずっと印刷をお願いしていた。表紙を描いていただいた時は、絶対にオフセットで刷るという私の中のルールがあったので、同じBRO'SのオフセットのフルカラーのPPセットでお願いしていた。本文だけオンデマンドを使えるので、そう指定したこともあった気がする。

最後に嫌な話をしておく。皆が思っているのに「口に出せば死ぬ」呪いがかかっている話。小説同人の部数の話だ。
大げさではなくて、イベントで売れる小説の部数は漫画の三分の一以下。個人差もあるだろうけれど、売れるスピードの体感として本当に三倍の違いがあると思う。
だから「漫画が描けないから小説にしよう」と代替手段で小説を選んでしまった人間は、この事実にかなり衝撃を受ける。当然「なんで私とあの子の発想は同じなのに、小説だっていうだけで私が売れないの」となり、何ならもう書くのをやめようと思うほど落ち込む。だからこのことは先に言っておきたい。
小説が表現できるものと漫画が表現できるものは違っていて、それを知らずに代替手段で小説を書き始めると、同人活動をしていく上では本当に辛いのだ。幸い私はこの事を最初から知っていた上で小説を取ったし、思考が小説なのに漫画を書こうとして失敗していたクチだったので、小説にすんなりハマれたのは本当に運が良かった。ただ私も「売れてやるものを書いてやろう」の罠にハマった時期があった。
売れて嬉しいという「他人の力」によってもたらされる喜びと、小説を書くのが楽しいという「自分の力」だけで得られる喜びを混同していたのだ。この間、全く文章がかけなくなり本当にキツい思いをした。

かつて絵描きと組んでシャッターを獲っていたある小説サークルは、その絵描きと離れた瞬間に誕生日席に落ちた。そういうのを目の当たりにしても書いていける勇気はあるのか、二次創作界隈における小説というポジションを知っても、それでもなおそのジャンルと小説がを書くことが好きだから続けていけるのか、苦しくなったときには考えてみることも必要だと思う。二次創作は義務ではない。二次創作とはその作品を楽しむためのひとつの手段で、それを忘れてしまったときに二次創作は死ぬ。
暗い話になってしまったけれど、私自身としては「書きたいものがあったら書いてみなよ」というスタンスだし、書くことについて何か相談があればいくらでも聞く。自分の作品のことはよくわからないが、人の作品のここもうちょっとこうしたら・・・というのが直感的にわかるタイプなので、別にそういう話も聞かれればする。「じゃあお前の小説はなんぼのもんじゃい」と思うのであれば、私のpixivIDは400713で過去の作品が残っているのでそちらを見ていただければ良いかと思う。

同人小説を書きたいと思って、偶然ここを見てくれた方の力になれると良いなと願って、今日のブログはおしまいにする。

皆様よいお年をお迎えください。